シェイクスピアの「マクベス」を、アフリカのプリミティブアート・仮面などに着想を得たデザインの人形達に演じさせています。人の形に限定されない面白さと、人形のモノとしての存在感が強調されています。
STRIPED STREET (群像)(1982)
STRIPED STREET (立像)(1982)
赤レンガ倉庫(1979)
STRIPED STREET と名付けられたシリーズ作品。 (群像) は白黒のストライプを、そこに人体があるかの様に「曲げて」書き込む事で、立体的な人体の存在を感じさせる平面作品です。一方 (立像) の方は半立体の作品なのですが、立体の人体のストライプが背景のストライプへ溶け込み、遠くから見ると平面の様に見える作品です。
赤レンガ倉庫 は STRIPED STREET に先立って作られたシリーズの作品。こちらは良く知られた横浜の 赤レンガ倉庫 を背景に、まるで「透明な巨人」が立っているかの様に、風景が屈折した様子が描かれています。
この様な表現は、光の屈折を計算して絵を描画する レイトレーシング を活用した現在の 3DCG 技術を使えば、簡単に再現できます。しかし、当時片岡昌はこれらの絵を光学的な実験等を経ず、赤レンガ倉庫の参考写真等だけを元に頭の中だけで光の屈折のシミュレートを行い描いていたそうです。
この事から、片岡は平面作品においても、立体造形で培われた立体物の把握・構成力を強く生かして制作していたと考えられます。一般に平面作品と立体作品は別ジャンルの美術表現と捉えられますが、劇人形や立体作品を見れば一目瞭然の片岡の立体造形力、「近未来計画」シリーズやその他の風刺画といった作品において発揮されている微細なリアリズムと極端なデフォルメを自在にミックスする平面での表現力、これらは片岡の中では1つの能力として鍛えられ、発揮されてきたのかもしれません。実際に、過去の作品シリーズ “クロスオーバー人形展”, “STRIPED STREET”, “近未来計画” は1つの個展で展示されるシリーズ作品の中に、平面と立体の作品が入り交じった物でした。片岡昌の表現は、平面と立体、2次元と3次元という垣根など元々無いかの様に軽々と行き来してみせています。
紹介した作品は、10月5日まで「片岡昌展 超次元アートと『ひょうたん島』」にて展示しています。立体と平面を行き来する、自由な発想から生まれた作品をお楽しみ下さい。
裏返るビーナス(1972)
アラ、見てたのね(1972)
写真の「裏返るビーナス」は、人体の上半分と下半分がお腹の所で裏返っている、トリック・アート的な不思議さを感じさせる作品です。上半身と下半身を別々にみれば、一見普通の人体彫刻の様にも見えますが、「裏返っている」お腹の部分を見ると、この立体作品がゴムの様にぐにゃぐにゃと形を変え続ける曲面でできていて、現在はたまたま人体彫刻の様な形状をしているだけ…とも感じられます。「リアル・トポロジー」と呼ばれるこれら立体作品のシリーズは、数学のトポロジーで扱われる「形を自由に変えられる曲面」の様に感じられる非現実的な質感と、西洋彫刻の様に存在感のある写実的な質感を同時に持っています。
同シリーズの「アラ、見てたのね」もやはり、同じ様に中身のない、曲面だけでできた人体をイメージさせます。裸の体をさらに「脱いだ」らそこは何も無い空間だった、というのは見る人をドキッとさせるしかけでもあり、このまま全部脱いだらこの女性はどこへ消えてしまうのか?とSF的な想像力が刺激される作品でもあります。
この他に「ある曲面」では男女のトルソが1つの曲面の表と裏を共有し、また別シリーズの作品「勤め上げし父の肖像」でも形を無機物へ変形させた人体が表現されています。これらの奇妙な変形を伴った人物像は確実に「実在しえない」ものですが、人体の細部の表現が極めてリアルに作られているため、全体として実在感・存在感のあるものとして迫ってくる表現になっています。虚と実という相反する感覚を同時に刺激される所が、これらの作品の魅力の1つといえるでしょう。こういったリアルさを追求した表現を、片岡は「部分リアリズム」と呼んでいます。[片岡昌展カタログ90P]
片岡によれば、「リアル・トポロジー」の「トポロジー」という単語は、これらの作品を見た坂根厳夫氏の発言から借りてきたそうです。坂根厳夫氏は「遊びの博物誌」[1977]の中で「裏返るビーナス」「アラ、見てたのね」など片岡の作品数点を紹介し、こういった立体表現や、古来からある妖怪などのイメージ等が、人体イメージに「数学的操作」を加える事で生まれたと考える事もできるのではないかと述べています。
紹介した作品は、10月5日まで「片岡昌展 超次元アートと『ひょうたん島』」にて展示しています。写真では伝えきれない、立体造形の面白さをご確認下さい。
坂根厳夫氏による片岡昌作品の紹介がある書籍を 片岡昌展 超次元アートと『ひょうたん島』 ストア にまとめてあります。特に 遊びの博物誌 1, 遊びの博物誌 2 は私も繰り返し読んでいる魅力溢れる本です。版元品切れのため古本でしか手に入らないのですが、値段もお手頃ですので是非読んでみて下さい。
曲線と、軸で回転させた回転体
劇人形は撮影中に壊れてしまう事もあり、同じ物をたくさん作る必要があります。「ひょっこりひょうたん島」は登場人物が多く、また月〜金の帯での放送であったため、その人形制作もハードなスケジュールを要求されました。そこで、人形の基本的な形状の作成を外注できる様にするため、木をろくろで削った「回転体」という幾何学的なカタチを組み合わせたデザインを使う事が考案されました。
自由にデザインした立体的な形状を平面の設計図で正確に伝えるのは困難な上、発注先の技術の上手・下手によって結果にブレが生じてしまいます。一方、平面の回転体であれば、回転軸に対する曲線を示すだけで、どこに発注しても正確に同じ形状の立体を作らせる事ができました。
片岡昌によれば、これら「ひょうたん島」の造形に関して、後の3次元コンピュータ・グラフィックス (以下 “3DCG”) と似ている、という指摘をされた事があるそうです。これはどういった理由でしょうか。
3DCGでは、表示される物体は全て、その形状や光のあたり方等が数学的に「計算可能」である必要があります。現在はコンピュータの進歩により、どんなに複雑な形状でも「計算」できる様になったといえますが、80年代後半から90年代前半までの初期の3DCGにおいては、単純な数式で表せる形状しか「計算」する事ができませんでした。具体的には、多面体や楕球体、多角錐、三角形を組み合わせた形状(ポリゴン)、そして回転体などが「単純な数式で表せる」単純な形状でした。初期の3DCG作品をよく見るとこれら単純な形状の要素を組み合わせた形状となっている事がわかると思います。
こちらも楕球体や回転体からなるキャラクター
JOHN LASSETER 他,”The Adventures of André and Wally B.” 1984
後にピクサーを作ったスタッフらによる初期3DCGアニメーション
3DCGでは直方体やポリゴン等回転体以外の形状も利用可能でしたが、回転体はなめらかな曲面を持ち、比較的自由に形を作る事ができる利点があったため、キャラクターの姿を表現する場合などは、特に回転体が利用される事が多かったと言えます。(また、実際の3DCGではこれらの形状を曲線に沿って「曲げる」事でより豊かな形状を作り出しています)
つまり、「ひょうたん島」の場合は「単純な図面で正確に形状を伝える事ができる形」、3DCGの場合は「単純な数式で正確に形状を計算できる形」として回転体を採用した、という共通点があった事がわかります。
「ドタバータ」(オリジナル版)
頭のパーツは回転軸をやや傾けている
「ひょうたん島」の人形をよく見ると、回転体というシンプルなカタチでも、曲線のデザインの仕方、その回転軸をどの角度で合わせるか、といったバリエーションにより、幅広いデザインで親しみやすいキャラクターが生み出されています。今回の企画展の展示を通してご覧いただけば、こういった立体的なデザインセンスも、片岡の卓越した立体造形力に裏打ちされた物である事がわかると思います。3次元空間にいかに「存在感のあるキャラクター」をデザインするか、という視点では、現在の複雑な形状が表現できる様になった3DCGのデザインにおいても参考となる点もあるのではないでしょうか。
ご紹介した人形は、10月5日まで「片岡昌展 超次元アートと『ひょうたん島』」にて展示しています。是非ご来場下さい。
ひょっこりひょうたん島の関連商品は。 片岡昌展 超次元アートと『ひょうたん島』 ストア(Amazonからの購入) よりどうぞ。
ドン・ガバチョ
左がオリジナル版
魔女 ルナ
左がオリジナル版
日本中の子供たちが熱狂したと言われる人形劇、ひょっこりひょうたん島。今回の展示では91年より放送されたリメイク版の人形に加え、なかなか見られる機会のない60年代のオリジナル版と、パイロット版の撮影で使われた人形も展示します。
1964年〜1969年にかけて放送された「ひょっこりひょうたん島」オリジナル版は、当時高価だったビデオテープを「上書きして使い回し」していたため、再放送ができない「幻の番組」でした。
その後、番組のファン達の期待に応える形で、リメイク版が1991年〜1996年に制作・放送されました。人形もこの放送のために再制作され、いくつかの人形はより洗練された形にアレンジされています。例えば「ドン・ガバチョ」(写真上、オリジナル版は帽子の欠け、ヒゲの歪み有)では、手や目の形がマイナーチェンジされた程度ですが、魔女ルナ(写真中、オリジナル版は髪の毛の劣化有)では髪色・肌色の色調、手の形の変更に加え、顔のカラクリを動かす為の切れ目をうまく隠し、より妖しい美しさを持つ魔女を生み出しています。(女性のキャラクターはより美人になる様変更された傾向があります)
今回の展示では、ひとみ座に現存した物については「オリジナル版」「リメイク版」の両方を展示しています。是非、デザインの変化をよく観察してみて下さい。
パイロット版 ハカセ
目と足の部分欠け
また、オリジナル版に先立って制作された「パイロット版」の人形も展示しています。実際に制作されたものよりも小さいサイズですが、回転体を基本としたデザインや、カラクリを使い動きの面白さを狙った人形を作る方針ができあがっている点が注目できます。
ご紹介した人形は、10月5日まで「片岡昌展 超次元アートと『ひょうたん島』」にて展示しています。是非ご来場下さい。
DVD NHK人形劇クロニクルシリーズVol.2 ひとみ座の世界 ひょっこりひょうたん島 と NHK人形劇クロニクルシリーズVol.5 新諸国物語 笛吹童子 ひとみ座の世界2 には、オリジナル版の現存する映像が全て収録されています。オリジナル版をもう一度見たい方は是非こちらをどうぞ。
また、リメイク版は、全話がDVD-BOXとして入手できます。 片岡昌展 超次元アートと『ひょうたん島』 ストア(Amazonからの購入) よりどうぞ。
開催中の片岡昌展 超次元アートと『ひょうたん島』、明日8月25日から8月31日まで『ひょっこりひょうたん島 オリジナル版 展示強化週間』展示替えを行います。
ドン・ガバチョ
左からオリジナル,リメイク
以下の展示がなくなります。(「ひょっこりひょうたん島 泣いたトラヒゲの巻」福島公演のため)
- リメイク版 トラヒゲ,ガバチョ,サンデー,ダンディ,ムマモメム
- リメイク版 ハカセ,チャッピ,ダンプ,テケ,プリン,キッド,ライオン
- リメイク版 パトラ,ペラ,ルナ
- リメイク版 ガラクータ,トーヘンボク,ドタバータ,ヤッホー
替わりに、以下のオリジナル版の人形をご覧頂けます。
- ドン・ガバチョ,トラヒゲ (通常時も展示中)
- ライオン
- ガラクータ,トーヘンボク,ドタバータ,ヤッホー
- パトラ,ペラ,ルナ (通常時も展示中)
- しゅう長(ライオン王国シリーズ)
- ピッツ長官(ブルドキアシリーズ)
- ブル元帥(ブルドキアシリーズ)
- アルセーヌ・クッペパン(魔女リカシリーズ)
- マリー(通常時も展示中)
- ボスケ王(アンコロピン王国シリーズ)
- ジョウ(グッバイジョウシリーズ)
- パット・ロール(グッバイジョウシリーズ)
- シエラザード(アルカジル王国シリーズ)
- アノネ(ウクレレマン・ダンシリーズ)
- ドン・キホーテ(カンカン王国シリーズ)
- マーガレット・バッツィドール(ガン・マンシリーズ)
オリジナル版はダメージの激しい人形もありますが、なかなか見る機会のない懐かしいキャラクター達をお楽しみ下さい。
まだお読みでない方は、解説記事 ひょっこりひょうたん島の劇人形(リメイク版,オリジナル版,パイロット版) 片岡昌展 展示紹介(1) もどうぞ。パイロット版の人形は常時展示しております。
7月1日より10月5日まで、静岡県伊東市の池田20世紀美術館にて、「片岡昌展 超次元アートと『ひょうたん島』」と題した展覧会を行います。
「人形劇団ひとみ座」で制作され、日本の人形劇史に大きな影響を与えた人形群と共に、平面や立体といった枠組みを超えた『超次元アート』とでも言うべき、遊び心に溢れる作品群を展示し、片岡昌の知られざる多面的な業績を明らかにします。
夏休み中の開催となりますので、遠方の方も伊豆・伊東へのご旅行をかねて是非お越し下さい。このサイトでは、展覧会の準備の模様、会期中のイベント情報、展示作品の見所などを紹介していきます。ご期待ください。
会期中のイベントスケジュール , 展示風景写真を公開しました , 首都圏からのアクセスと観光ガイド, 関連商品の販売, 展示内容紹介
池田20世紀美術館 開館35周年記念
片岡昌展
超次元アートと『ひょうたん島』
2010年7月1日(木)〜10月5日(火)
池田20世紀美術館(静岡県伊東市)
開館時間: 9:00-17:00 / 休館日: 毎週水曜日
入場料: 一般900円, 高校生700円, 小中学生500円
主催: (財)池田20世紀美術館, 片岡昌アーカイブ・プロジェクト
後援: 伊東市・伊東市教育委員会, 静岡新聞社・静岡放送, 伊豆新聞本社
協力: 人形劇団ひとみ座